看護学生は一般の若者に比べ、生と死のプロセスにある対象の看護を学ぶということで、生と死に動機づけられている者が多い。しかし、その認識は観念的、情緒的で、死の迫りくる患者や家族を前にどうしたらよいのか、たじろぎ、戸惑っている様子が臨床の場で伺える。その理由を考えてみると、死の日常性が薄れている社会的背景や、今までの死に関する教育の問題があげられた。教育上の問題点として以下の2点がある。
1. 死に関する一般的概念を土台とした教育内容でなく実践中心の学習であった。
2. 学習進度に合わせ、一貫した3年間の段階的教育プログラムを組んでいなかった。
終末期にある患者を看護するにあたっては、看護する側の生活信条・人生観が大きなウエイトを占める。そこで、自己の死生観を構築できることを目的として、段階的で体系的なカリキュラムを考えた。初期の学生がどのような生と死についての考えが得られたのか、導入部分より分析したのでここに述べる。
当学院では、学生が自己の看護観を明確にするために、卒業前の1・2月の時点で「私の看護観」と題してレポートをまとめ、発表することにして5年になる。
今回は、そのレポートを分析し、学生がどのような事例から、どのような内容をまとめているか、また、看護観形成に影響していると考えられる事柄はなにかを明確にし、今後の指導の一助にしたいと考えた。
POSによる看護記録が当院に導入されて4年、様々な方法による学習を繰り返してきた。しかし成果が充分上がっておらず、アセスメントが難しいとか、看護問題が的確に表現できない等の問題が顕在している。その理由の一つに、学習形態のほとんどが、集合教育の形となっていることに問題があると考えた。
そこで、記録と実践の関連を定着させるためには、病棟単位の小グループ化学習がより有効との考えにたち取り組みを強化した。
記録のプロセスを便宜上、入院時初期計画立案までの段階、看護経過の展開の段階、及び看護要約の段階に分けた。
50事例の監査による問題点の抽出、看護婦個々人との学習的かかわり、グループ学習、更に50事例の監査という方法をとった。その結果、記録と実践の関連が強まることで、看護活動がより活性化するとの結論を得たので入院時初期計画立案までの成果をまとめ報告する。
1971年よりコミュニティをベースとしたフィールド実習を展開している。フィールドでは学生の受持ち世帯の全戸訪問から始まる家庭健康管理をコミュニティ・ヘルス・アプローチと有機的に関連づけるカリキュラムデザインにより教育を行ってきた。学生の認識として、個人の健康管理として家庭訪問を計画し地域とのつながりは理解しにくい状況である。今回、学生の認識が個人、家庭、集団、地域へとどの様に発展変化したかを分析し教育方略の改善点を明らかにした。
21世紀を目前にして、医学教育における公衆衛生額教育は大きな変革を求められている。
WHOは、アルマチアタ宣言(1978)についで東京宣言(1985)を発し、新しい医学・医療の機能とシステムとしてプライマリヘルスケア(以下、PHCと略)が、単に発展途上国におけるモデルのみならず、先進諸国をはじめあらゆる発展段階の国に適合する共通モデルであることを確認した。
さらに、ヘスルニーズ、ヘルスサービス、ヘルスパーソネル育成の間の協力と統合の重要性を述べ、全ての医師に個人及び地域社会の総合的なニーズに対応し得る技能と態度と価値観を養成する必要性を卒前、卒後の医学看護学教育に要求している。
我々は、従来の公衆衛生教育実習で行われてきた環境衛生調査、保健所実習、実験室内研究などでは、公衆衛生や予防医学に対する学生の関心と認識を高めることができないと考え、島根医大開学以来15年間、全国に先駆け家庭健康管理実習(Family Health Practice)を行ってきた。今回、PHC教育及びコミュニティにおける総合的な医学教育の立場から、島根医科大学の家庭訪問実習の到達点と課題を検討した。